10月15日(木) 仕事から帰り、一睡もしないで出掛ける。珍しくしっかり朝ご飯を食べた。スーツケースに余裕があるので、荷物はすぐにできたけど、あまり短時間で準備すると、とんでもないものを忘れていそうな気がする。ともかくパスポート・チケット・財布さえあればなんとかなるさ。西宮北口から7:30のバスに乗る。発車するまでに眠ってしまい、阪神西宮で一瞬起きる。JR西ノ宮にも停まったはずなんだけど知らない。高速に乗ったところでまた目が覚め、次に起きたのは空港の連絡橋を渡り終わったところ。まだ眠い。スーツケースのベルトを忘れてきたので売店で買い、ついでに側の三井住友銀行で両替。それからやっとチェックインカウンターに行く。今回も直行便ではなく、ヘルシンキ経由。アムステルダムに行くためにヒースローで乗り換え、ミュンヘンに行くために行きはアムステルダムで帰りはパリで乗り換え、パリに行くためにヘルシンキで乗り換える。関空ーミュンヘンはもともとないけれど、こんなに直行便が取れないものか。
飛行機は定刻を少し過ぎて出発。浮いたと思ったら速攻でベルトのサインが消えた。普通、ある程度高度が上がって落ち着いてから消さないか? 今日はすご〜く天気がよく、特に揺れることもなくスイスイ進む。着くまでずっとこんな感じらしい。そのあとまたすぐに寝てしまい、突然食事が出てきた。食べ物の匂いを感じる暇もなかったなぁ。チキンの煮込みにご飯、パン、りんごのゼリー、サラダであった。食べてまた寝るために、しっかり完食。出発まえ、Tさんに「次に寝るのは30時間後だ(その時点でおきてから10時間)」ってメールしたけど、飛行機揺れないからめっちゃ眠れたヮ。着いたら夜なので寝過ぎないようにしなきゃ。と思いつつまた寝る。次に起きたら行程の3分の2まで進んでいた。
さっき昼ご飯を食べたのにまた昼ご飯。なすのマカロニグラタンにパン、ワッフル。どうしても食べないといけないことはないけど、乗り継ぎの時間が短く、手荷物検査を優先で受けられるカードを渡されているぐらいだし、次はろくな食事は出ないし、なんといっても私は機内食を食べないですごく後悔した経験がある。シンガポールからの帰り、大阪(伊丹)空港に午前8時ごろに着くはずだった飛行機が、雪のため(2月中旬)空港が閉鎖されて、着陸できなかった。空港から家まで車で15分。姉が迎えにきてくれることになっていたので、明け方に出された食事をとらず、そのまま寝ていた。飛行機はしばらく上空で天気の回復を待っていたけど「ただいまから当機は福岡空港に向かいます」のアナウンス。福岡空港には広島・大阪・名古屋の到着便が殺到していた。滑走路の脇にポツンと停まらされ降りることもできず、昼ごろになって200mlの紙パックのジュースとサンドイッチ2切が配られた。2時ごろになると東行きの便が飛び始めた。が、シンガポールから飛んできて6時間待たされたパイロットは「超過勤務」でもう飛ぶことはできなかった。夜になって用意されたバスで博多駅に移動し、新幹線で新大阪へ。博多の駅は予定外に降ろされてしまった海外帰りの集団でうめ尽くされ、異様な光景。添乗員さんたちが悲壮な表情で走り回り、新幹線に乗る順番も、小さな旅行代理店ははじきとばされ気の毒だった。その当時うちは、大阪空港より山側にあったので、自宅には帰らず夜中近くなって姉の家に帰り、やっと食事にありついたのであった。食事は食べられるときに、感謝して食べましょう。まったく、袋に入ったパンぐらいキープしとけばよかった。
私は席の前の画面に表示されるフライトマップを見るのが好きだ。つまらない映画を見るぐらいなら、ずっとこれを眺めているほうがいい。日本からヘルシンキまでロシア上空をゆるい弧を描いて進み、パリはその同じ弧の延長戦上にある。オランダに行ったときは、アムステルダム上空を通過してから長い長いトランジットの末戻って来たけど、今回は精神衛生上なかなかよい。乗り継ぎありで14時間ならかなりスムーズな方だと思う。
実際の乗り継ぎはスムーズなどというものではなかった。優先カードのおかげでほとんど待たずに検査は受けられたけど、関空では鳴らなかったのにゲートで「ビ」と鳴って、いくら同性でもそこまで触るかというぐらい入念なチェック。さらに手荷物にも不審な影があったらしく、中を開けてやり直し。結局どちらも何も見つからず、何が引っ掛かったんだろう? せっかく優先で通してもらったのに、とっくに搭乗が始まっていた。ヘルシンキの気温は5℃。みんなウールのコートとかを着ているけど、機内で脱ぐと下が半袖Tシャツなのはなんでだろう? そこまで暖かくないと思うけど。パリはもう少しマシだけど、寒いことは寒いらしい。
シャルル・ド・ゴール空港に着き荷物を待っていると、日本人の女性に声を掛けられた。「さっき隣に座ってた方ですよね?」10時間のフライトで言葉を交わしたのは、窓側の彼女があとから来たのでそのときと、途中で一度「トイレに行かなくていいですか?(私があまり寝てばかりいるので)」と訊ねたときだけ。ヘルシンキで同じパリ行きに乗り換えたのだけれど「あの乗り継ぎ、キツくありませんでした?」と言う。私はFast
Connectingカードをもらったけれど、彼女はもらわなかったらしい。それがあってさえ私がゲートに着いたのは出発の15分前。まともに並んでいたのでは当然間に合わず、出発を遅らせてしまったと言っていた。今回時計を持ってこなかったので、携帯の電源が入っていない機内では時間が分からず、私は出発が遅れたことにも気がついてさえいなかったけど。
市内までRERで行くつもりの私に「一緒に行っていいですか」と言うので、喜んでそうしてもらった。タクシーやシャトルバスより電車に乗る方が絶対楽しいとい言い切る私でも、ウキウキ楽しい気持ちだけではなく知らないところで危険な目に遭わないように緊張はしている。外国で列車に乗ることはないというその方は、パリには慣れていそうなので心強い限りだ。実際、切符を買うこととトイレを探すことには2人いても苦労したのであった。
シャトレ駅から乗る地下鉄の線が違うので、そこでお別れして1号線に乗り換え。リヨン駅で降りてホテルにチェックイン。ホテルに近い出口にはエレベーターがなかった。持って歩ける重さでよかった。気温は9℃。会場やオフィシャルホテルのひとつ隣の駅になるけれど、よほどの事情がなければ私はオフィシャルホテルには泊まらない。競技前の選手と不用意に顔を合わせたくないもんね。部屋はこじんまりとクラシックでベッドが大きい。すごく縦長の木枠の窓があった。表は車道も歩道も石だたみ。部屋は中庭側だったので、駅前なのにすごく静か。荷物を置いたらオルセー美術館の夜間営業に行こうと思っていたけど、(思い切り寝たくせに)予想以上に疲れていて何もできず。ともかく外に出て夕食を買い、お風呂に入って少しだけネットを繋いでから、本を読みながら寝た。
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